上田小県地域の神社
生島足島神社 “御移神事”、“諏訪様還座祭”、“諏訪社例祭”、“御本社春季祭”、“御柱奉倒祭”
生島足島神社の神事、例祭が今年は4月14日に“御移神事”(おうつりしんじ)、“諏訪様還座祭”(すわさまかんざさい)、翌15日に“諏訪社例祭”(すわしゃれいさい)、“御本社春季祭”(ごほんしゃしゅんきさい)、“御柱奉倒祭”(おんばしらほうとうさい)が斎行され、取材をさせて頂きました。
それぞれの神事、例祭を順を追ってご紹介します。
◆(その1)では4月14日に斎行された“御移神事”(おうつりしんじ)、“諏訪様還座祭”(すわさまかんざさい)をご紹介します。
生島足島神社の籠殿(こもりでん)に毎年11月3日に建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)こと諏訪神が籠殿に遷られ、約半年の間、7日に一度粥を炊き諏訪神が生島神足島神に献飯する「御籠り祭」が内殿で行われます。※奉仕するのは神職が行います。
内殿は現本殿の内部にある旧本殿の建物で一般に見ることは出来ません。また御籠り祭の神事は神秘とされており、一般に見ることは出来ません。
御移神事、諏訪様還座祭は諏訪神が生島神足島神に半年間の奉仕を終え、諏訪社の御座に還座される祭事です。
そして4月に建御名方富命は摂社諏訪神社(下宮)に遷られ、諏訪に戻られます。
参進する前に神職及び参列者は手水をとり社務所前に整列して、御本社へ向かいました。
御本社に入る前に隣りにある十三社に拝礼し、大麻(おおぬさ)で祓い清めを行いました。
社務所前にて
十三社に拝礼し祓い清め
御本社に入り、所定の座につきます。神事の開始が告げられ、宮司が神前にて拝礼し、同時に参列者も拝礼しました。
続いて、御本殿の御扉が開けられました。
所定の座
宮司にならい拝礼
宮司が神前にて祝詞の奏上がされました。
祝詞の奏上
灯りが消され、警蹕(けいひつ)が掛けられる中、本殿の扉が開けられました。
木綿鬘(ゆうかずら)を付け、木綿襷(ゆうだすき)をかけた神職(宮司・禰宜)によって御神体は神前にある唐櫃(からひつ)にて御移りされました。
神紋があしらわれた布で覆われた唐櫃は、御本社(上社)から摂社諏訪社(下宮)に向かいます。
【警蹕(けいひつ)とは】
「お~」と神職が発する独自の声で祭祀に参加している者に対して、畏(かしこ)みを促すものです。
【木綿(ゆう)とは】
楮(こうぞ)の樹皮を蒸して水にさらし,細く割いたものです。
神事では幣帛(へいはく)として神様に捧げたり、紙垂(しで)として榊につける木綿垂(ゆうしで)などに使われます。冠に懸けたものを木綿鬘、襷に使用したものを木綿襷と言います。
神前に置かれた唐櫃
不要な灯りが消えた御本社
御本社から遷られる御神体
御神橋を渡る様子
摂社諏訪神社(下宮)
[御祭神]
八重事代主命(やえことしろぬしのみこと)
建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)
八坂刀賣命(やさかとめのみこと)
御本社を出た御神体は摂社諏訪神社に到着しました。
続いて、警蹕が揚げられる中、摂社諏訪神社の御扉が開けられました。
神職によって摂社諏訪神社に建御名方富命(諏訪神)が還座されました。
摂社諏訪神社に御神体が到着
御神体が社に還座される
参列者が所定の座につきます。
神前にお米、酒、塩をはじめ、海の幸、山の幸などの神饌が供えられました。
宮司により神前にて祝詞の奏上がされました。
宮司が玉串を奉り拝礼し、神職がそれにならい拝礼、続いて参列者代表が玉串を奉り拝礼、その他の参列者はそのばで拝礼しました。
※“玉串を奉り拝礼”とは玉串奉奠(たまぐしほうてん)し拝礼すること。
献饌
宮司による祝詞奏上
玉串を奉り拝礼(宮司・神職)
玉串を奉り拝礼(参列者)
神前に供えられたお米、酒、塩をはじめ、新穀、海の幸、山の幸などの神饌が下げられました。
摂社諏訪神社の御扉が閉められました。
宮司にならい神職、参列者が拝礼されました。
拝礼の後、社務所前に向かい、一同整列し退下となり、祭事は終了となりました。
撤饌
摂社諏訪神社(下宮)
宮司一拝
退下
◆(その2)では4月15日に斎行された“諏訪社例祭”(すわしゃれいさい)、“御本社春季祭”(ごほんしゃしゅんきさい)、“御柱祭奉倒祭”(おんばしらほうとうさい)をご紹介します。
生島足島神社 恒例祭の案内
境内の案内図
名称 | 生島足島神社 |
住所 | 長野県上田市下之郷中池西701 |
連絡先 | 0268-38-2755 |