上田小県地域の神社
人々の無病息災を願うお祭り
6月30日に神田に籾種を蒔く種蒔神事(たねまきしんじ)、並びに祇園天王降祭(ぎおんてんのうおろしのみまつり)が斎行されました。
天王降祭は御歳代御仮殿(みとしろおかりでん)に祇園の神々
・建御名方富命(タケミナカタトミノミコト)
・建速素戔嗚命(タケハヤスサノオノミコト)
・豊受姫神(トヨウケヒメノカミ)
・若宇加能賣能命(ワカウノメノミコト)
・大年神(オオトシノカミ)
・岡象女神(ミツハノメノカミ)
・御年神(ミトシノカミ)を迎えし、お祀りする神事です。
神々はこの日から祇園祭の最終日(今年は7月29日)まで御歳代御仮殿に鎮座され、神々の世にお戻りになられます。
※種蒔神事(たねまきしんじ)は他の特集でご紹介致します。
祝詞奏上
玉串拝礼の様子
御歳代御仮殿の案内板
【祇園祭とは】
平安時代に京都の八坂神社で牛頭天王(ゴズテンノウ)をお祀りする神事として夏に流行する疫病などを祓う無病息災を願う祭事として始まったそうです。
建速素戔嗚命は牛頭天王と同じ神様と考えられています。
「夏越の祓」で茅の輪をくぐる際に唱え詞として蘇民将来と唱われるのも建速素戔嗚命にまつわります。
先に書きましたように6月30日に祇園天王降祭(ぎおんてんのうおろしのみまつり)が斎行され、御歳代御仮殿に神々が約1ヶ月間ほど鎮座され、7月29日に神々が神々の世にお戻りになる前日、7月28日(日)に生島足島神社で御神楽の舞等が執り行われました。
祇園祭当日は前日夜からの風雨が心配されましたが、真夏の暑い日となりました。
午前7時30分にはお祭りの準備が整う中、地元、下之郷地区の子供さんと保護者の方々が集まり始め、お祭りは子供神輿から始まりました。
参加する子供達は御本社前でお祓いを受け、宮川清彦(みやがわきよひこ)宮司、松澤繁樹(まつざわしげき)氏子総代長、高梨勝緒(たかなしかつお)広報部長から挨拶があり、2班(A班、B班)に分かれた子供神輿は午前8時30分に生島足島神社を出発しました。
下之郷地区を中心に途中休憩を取りながら地域を練り歩き、10時30分頃に無事、生島足島神社に戻ってきました。
子供神輿
お祓いを受ける参加者
宮川宮司の挨拶
松澤氏子総代長(右)と
高梨広報部長(左)の挨拶
子安社前で記念撮影
子供神輿始まりの様子
地域を練り歩く子供神輿
子供神輿(A班)
子供神輿(B班)
無事到着した子供神輿
気温30度を超える暑い中、一生懸命に神輿を担ぎきった子供達は「暑くて大変だったけど最後まで担ぎ切れて嬉しかった」と感想を話してくれました。
子供神輿に参加した小学4年生の村越さん(左)小学5年生の宮下さん(右)
10時30分頃になると「浦安の舞」を奉納する準備が始まりました。
今回、「浦安の舞」の舞手は地元の小学6年生の3名、永井春香(ながいはるか)さん、依田恵(よだめぐみ)さん、横関真帆(よこぜきまほ)さんです。
舞手の3名は約20日間、月曜日を除く毎日2時間、生島足島神社巫女の横山実早紀(よこやまみさき)さんと樋口真衣(ひぐちまい)さんによる指導の元、練習を重ねてきたそうです。
社務所前で記念撮影
前列左から 樋口巫女、依田恵さん、永井春香さん、横関巫女
後列左から 池内禰宜、宮川宮司、松澤氏子総代長、横山祭典部長
御本社(上社)に向かう様子
最初に御本社(上宮)にてお祓いを受け、玉串拝礼を行い、続いて摂社 諏訪神社(下宮)にて玉串拝礼を行った後、神楽殿にて「浦安の舞」が舞われ奉納となります。
御本社(上社)
玉串拝礼の様子
摂社 諏訪神社(下社)
玉串拝礼の様子
【「浦安の舞」について】
「浦安の舞」は昭和天皇が昭和8年に詠まれた和歌を歌詞に宮内庁で振付を行い完成した舞いが「浦安の舞」です。
浦(うら)は古語では“心”と言う意味で、安(やす)は“安らか”、“穏やか”という意味だそうです。日本は「浦安国」と日本書紀にも書かれています。「浦安の舞」は日本が心安らぐ国・平安な国であることを祈る舞いなのだそうです。
「浦安の舞」は扇舞(前半)・鈴舞(後半)からなります。扇舞に使われる扇には松竹梅や鳳凰が描かれ、飾り紐や松や梅などの飾りが付いています。
また、鈴舞では上から三個・五個・七個の鈴が付けられた神楽鈴が使われます。この神楽鈴の形は稲穂を表していて、五穀豊穣を願う意味があるそうです。
また、鈴の音は邪気を追い払うとされています。
※「浦安の舞」の鈴舞では三種の神器を模した鉾鈴(ほこすず)が使われることろもあります。
扇舞の部分
鈴舞の部分
見事に舞いきった小学6年生の3人、左から横関真帆さん、永井春香さん、依田恵さん
午後になると上田市の文化財指定となっている「下之郷三頭獅子」の舞が奉納されました。
この下之郷三頭獅子舞は下之郷三頭獅子保存会によって伝承がされています。また、舞手や太鼓や笛の演奏者は下之郷地区の皆さんで構成されています。
下之郷三頭獅子舞奉納前の記念撮影
獅子舞の演目はシャギリ・道行(みちゆき)・トーロロ・岡崎(おかざき)・トロヒャ・天竺(てんじく)・舞い込み(まいこみ)・シャギリの8演目で構成された舞いを1セットとして舞われます。
宮入下之郷自治会長から「下之郷三頭獅子舞が無事に奉納できることを願います」と挨拶があり、下之郷公民館で舞いが奉納されました。
宮入下之郷自治会長の挨拶
下之郷三頭獅子舞の奉納
写真左から赤獅子女[雌](角1本)、赤獅子男[雄](角2本)、青獅子(角2本)
獅子舞が奉納された後、天狗の面の道祖(依田友樹さん)を先頭に地元の小学6年生の男子が担う七夕笹持ちに続いて、露払い、御先導、獅子方指南役、青獅子、赤獅子男(雄)、赤獅子女(雌)、締め太鼓大胴、締め太鼓小胴と行列をつくり生島足島神社に向かいます。
一行が生島足島神社の西鳥居に到着すると宮川宮司、松澤氏子総代長を始めとする神職、総代役員等が出迎えをし、最初に御本社(上社)に向かいました。
下之郷公民館を出る一行
生島足島神社で出迎えられる様子
獅子舞の一行が御本社に向かう様子
御本社(上宮)では修祓、献饌、祝詞奏上、玉串拝礼が行われ、御神橋を渡り、摂社 諏訪神社(下宮)に向かい、同じく玉串拝礼がされました。
御神橋を渡る様子
神楽殿では御本社(上宮)に向かい獅子は中央の位置で青獅子を先頭に赤獅子男(雄)、赤獅子女(雌)の順番で縦に列び、右(西)側に宮川宮司、松澤氏子総代長をはじめとして神社関係者、自治会関係者の皆さんが着座し、左(東)側には道祖、指南役、笛方、太鼓大胴、太鼓小胴が着座し、下之郷三頭獅子舞(8演目)が御本社(上社)へ奉納となりました。
続いて摂社 諏訪神社(下宮)へ奉納となりますが、摂社諏訪神社に向かい先程の列びとなります。
同じく摂社諏訪神社に下之郷三頭獅子舞(8演目)が奉納となりました。
神楽殿で舞われる「下之郷三頭獅子舞」
御本社(上社)へ獅子舞の奉納
摂社諏訪神社(下社)へ獅子舞の奉納
下之郷三頭獅子舞は勇壮に舞われ、無事に奉納されました。
6月下旬から週3回の仕上げ練習をしてきた皆さん、青獅子の宮原智弘(みやはらともひろ)さんと赤獅子雄の興川和志(こがわかずし)さんは今年がはじめての舞いでした。
獅子舞5年のベテランの赤獅子雌の淵田学(ふちたまなぶ)さんに劣らぬ見事な舞いを奉納していました。
「この日のために練習と仕上げをしてきました。無事に奉納が出来て嬉しく思っています。」と皆さん疲れを忘れるほどの笑顔で話してくれました。
猛暑の中で舞い続け、奏で続けた皆さんお疲れ様でした。
青獅子
宮原智弘さん
赤獅子男(雄)
興川和志さん
赤獅子女(雌)
淵田学さん
下之郷三頭獅子舞
終了の様子
写真左から
笛:小池辰也(こいけたつや)さん
笛:松沢和浩(まつざわかずひろ)さん
太鼓小胴:曲尾尭(まがりおたかし)さん
写真左から
輿川富樹(よかわとみき)さん
興川和志(よかわかずし)さん
村山紀雄(むらやまのりお)さん
永井栄一(ながいえいいち)さん
生島足島神社の祇園祭も終盤を迎え、大人神輿が始まりました。
修祓の後、約70名の担ぎ手は神輿を担ぎ、西の鳥居から出発し途中、斎館、生島の杜(境内にあるおそば屋さん)、下之郷公民館に神輿を寄せながら、生島足島神社の廻りを一周練り歩きました。
大人神輿の記念撮影
こうして好天に恵まれた生島足島神社昼間の祇園祭はこの後、直会(なおらい)が行われ、終了となりました。
案内図
名 称 | 延喜式内名神大社 生島足島神社 |
住 所 | 長野県上田市下之郷中池西701 |
連絡先 | 0268-38-2755 |
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